スチュワーデスの下着のリストです。

スチュワーデスの下着

 日本航空236便ボーイング777型ジャンボ旅客機は、機首を高く上げて滑走路から離陸した。成田発ロサンゼルス行き。すでに機内には、定員いっぱいに客が乗っている。
  すさまじいエンジン音が、鼓膜を震わせている。
  スチュワーデスの田中 恵美がいつも緊張するのは、この一瞬だった。
  機内のライトが消えた。夜間、離着陸時は安全確保のために、ライトが消される。
  恵美はフラッシュライトを持って、ほかのスチュワーデスとともに、しっかりとベルトを縮めて、乗務員席に座っていた。何人かのスチュワーデスの顔にも、緊張の色が浮かんでいる。恵美はそっと瞼(まぶた)を閉じた。
  目を開けると、窓の下には、青、緑、オレンジ色の誘導ランプが、美しい宝石のように輝いている。
〔本当に、いつ見てもあの誘導ランプは綺麗だわ。どうか、このフライトが無事でありますように〕
  こう祈る恵美の華奢な首筋で、金鎖のネックレスが揺れた。
  日本航空のスチュワーデスの制服は、紺色のスーツで、肩と胸に金ボタンが光る印象的なものだった。大きめの襟元からは、赤と白のストライプのスカーフがのぞいて、いかにも気品を感じさせる。黒のパンティストッキング、膝下までのタイトスカート、そしてウエストの赤いベルトに絞られた恵美のふくよかな胸の曲線と豊臀は、男性の視線をいやがうえにも集中させる。
  ベルト着用のサインが消えた。
  恵美は座席から立ち上がりながら、チーフパーサーの鈴木慶一から離陸前に耳打ちされた言葉を思い出していた。
「いいかい、今度のフライトでは、きみはファーストクラスを受け持つことになってる。分かってるね。007便のファーストクラスには、等々力俊介が搭乗することになってる。知ってるだろ? あの岡田先生」
「は、はい。……」
「わが社の大株主でもあり、顧問もなさっている気鋭の実業家だ。まさか、きみだって、知らない訳じゃないだろ」
「はい、存じていますわ」
  恵美がこっくりと頷くと、鈴木は思いがけないことを口にしたのだ。
「恵美、今日は何色のスキャンティをはいてきた?」
「え、いま、なんて仰言いましたの」
「きみは、スキャンティをはいていないのか」
  やにわに鈴木の手が制服のスカートに手を這わせ、ゆっくりとパンティラインを探りながら、恵美の豊満な腰の曲線を撫であげる。
「あっ、何をなさるの」
「言いたまえ、何色のスキャンティをはいている?」
「あの、黒ですわ」
  鈴木明の職権を濫用したいやらしい問いに、恵美は思わず正直に答えてしまっていた。いくらチーフパーサーとはいえ、スチュワーデスの下着の色まで言うべき筋合いのものではない。それは個人の自由であり、仕事とは無関係のはずだった。
  スチュワーデスが黒の下着を愛用していることは、意外に知られてはいない。なぜスチュワーデスが黒のランジェリーを愛好するのかというと、ふとした一瞬にかがだりしたときに、下着を覗かれても気がつかれないためだった。白のスキャンティだと、スカートの奥の薄暗さとはいえ、すぐに気がつかれてしまう。
「黒のスキャンティか……」
  鈴木明が考えこむようにつぶやきながら、なおも恵美の豊臀をこねまわした。いくらチーフパーサーだとはいいながら、ここまでスチュワーデスの体に触れるのは越権行為だった。恵美は鈴木の掌(てのひら)からのがれながら、必死に言った。
「黒の下着と、岡田先生と、なにか関係があるとでも仰言るのですか」
「そのとおりだよ、恵美」
  鈴木がニヤリと口元をゆがめる。
「どういうふうに関係があるのか、説明してください」
「まあ、いい。いまに分かる」
  チーフパーサーの鈴木明はそれだけ言うと、恵美を置き去りにして背中を向けたのだ。
  上空を翔ぶ明るい機内で、恵美と一緒に同乗したスチュワーデスたちが、温かいおしぼりを乗客に配り始めた。恵美もそうしようとしたときに、ファーストクラスの座席で、コールサインが点灯しているのに気がついた。
  あわてて恵美が飛んで行ってみると、コールサインでスチュワーデスを呼んだのは、岡田俊介であることに気がついた。岡田のそばで鈴木明が、なにやら話しかけては頭をぺこぺこと下げている。
「なにか、ご用でございますか」
  目の前に着席しているのが、岡田俊介であることに気がついて、恵美が丁寧な口調で話しかけた。名前だけは聞いてはいたが、直接会うのは初めてだった。
  赧(あか)ら顔でズングリした体格の小男で、頭髪は額まで禿げあがっている。窪んだ眼窩から覗いている目だけが、猛禽類のような鋭さでこちらをにらんでいる。年齢は六十歳にようやく手が届くといったところか。真っ白のスーツに身を固めているが、どことなく品がないのはどうしたことであろう。恵美は岡田俊介に初めて会って、元ボクサーのような岡田の風格に、気持ちがひるむのを覚えるのをいかんともしがたかった。
「こちらが、岡田先生だ。きちんとご挨拶しなさい」
  チーフパーサーの鈴木明が恵美を叱った。
「は、はい。わたしがこのファーストクラスのお世話をさせていただく高柳恵美でございます。どうぞ、よろしくお願いいたします」